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加齢臭
保育園では園長は普段あまり保育室入り、直接保育に携わることはありません。どちらかというと事務的な仕事の方が多いものです。それでも運動会などの大きな行事はもちろん、日々行われるお誕生会などのミニイベントには積極的に参加し、できるだけ子どもたちとの関わりを持てるように心がけています。もっとも当然のことで、自慢にもなりませんが・・・。そんな園長ですが、延長保育(時間外保育)などで先生が手薄になるときは貴重な戦力?になります。
ある日のこと延長保育のお手伝いに入りました。延長保育では、年齢の異なる子どもたちが一つの保育室に集まり、保護者のお迎えを待ちます。私が入ってしばらくすると、2歳児の男の子がやって来て、私の膝の上にちょこんとのってきたのです。そのまま抱っこをしているとクンクンとにおいをかぐようし、このように言ったのです。
「じいじいといっしょのにおいがする!」
そばにいた、先生たちは笑いをこらえています。私は、「加齢臭かな」と言うと、すかさずその子は「ちがうよ。カレーのにおいはもっといいにおいだよ」といったのです。これには、私も先生たちも、それはもう、大笑いでした。
1歳、2歳あたりの小さな子どもたちはとても正直で、思ったこと、感じたことをそのまま口に出します。そこには相手への配慮などありません。でもその言葉に大人が傷つけられることはありません。残念ながら、大人場合はそうはいきません。たった一言。その一言で相手を傷つけ、人間関係が根底から崩れるということも多々あるものです。
十善戒という戒律をご存じでしょうか。十善戒では仏教徒が護るべき10の戒めが説かれています。
一、不殺生 生命を奪ってはならない
二、不偸盗 盗んではならない
三、不邪淫 邪(よこしま)な関係を持ってはならない
四、不妄語 人まどわすようなことを言ってはならない
五、不綺語 きれい事いってはならない
六、不悪口 悪口をいってはならない
七、不両舌 二枚舌を使ってはならない
八、不慳貪 むさぼってはならない
九、不瞋恚 怒ってはならない
十、不邪見 邪(よこしま)ものの見方をしない
ご覧の通り十善戒の内、4~7まで計4つ、約半分が言葉に関する戒めなのです。つまりそれだけ人間社会では言葉によるトラブルが多いという証です。
私たちは刃物を使うときにとても用心します。なぜなら自分も相手も傷をつける可能性があるからです。ところが普段言葉を使うとき、刃物のようには注意をしません。なぜなら、刃物のように危険ではないと考えるからです。でも刃物と同じように言葉も相手を(時には自分自身も)傷をつけることが可能なのです。刃物の傷は、もちろん傷によりますが、治療をすれば完治し傷跡も残らなくなります。言葉による傷は目に見えません。見えないが故に手当が遅れ、傷口が広がり、いつまでも相手を苦しめ続けるのです。言葉は怖いものです。だから言葉は使わない、というわけにはいきません。刃物も正しく扱えば人間生活を豊かにする、なくてはならない道具になります。もちろん言葉も同じです。言葉により人間社会は成り立つし、言葉とともに人間は進化を遂げてきたのです。
そこで大事なのは、相手の立場にたつことです。その言葉を私が使われたどう感じるだろうか。相手が私だとしたらその言葉を使うのだろうか。相手を想う心が言葉に込められたとき、言葉は人間を豊かに、幸せにしていく力を出すのでしょう。
さて、子どもの口撃はとまりません。カレーのにおいはもっといいにおいに続けて、私の頭を見ながら、たぶん普段から不思議だったのでしょう、この機会にとばかりに質問をするのです。
「先生の頭はなぜ髪の毛がないの?」
「今はないけど、夏になると生えてくるよ。」
「ふーん、そうなの。」
夏にはまた夏用の答えを考える必要があることでしょう。
令和3年4月