無縁法界

 現在、日本では、出生者数が年々減り続けており、小子化が急速に進んでいます。日本の現状の人口を維持するには、毎年100万人以上の出生が必要なんだそうですが、令和六年の出生数は過去最低の70万人を下回るとの予想がでており、深刻な状態になっています。仮に出生者数が毎年約80万人程度に留まり、死亡者数が年間、約120万人前後で推移すると、人口は毎年約40万人程度減少することになります。現在の日本の人口がおおよそ1億2600万人として、年間40万人ずつ減少していった場合、約300年後に日本の人口がほぼゼロになる計算となります。もちろんこれは極端な話ですが、少子化が引き起こす様々な問題は、命がこの世に生まれることがどれほど大事なことなのかと気づかせてくれます。
 さてその大切な命、人一人がこの世に生まれるには、必ず2人の両親の存在が必要となります。そして、その両親が生まれてくるためには、4人の祖父母、8人の曽祖父母の存在が必要です。さらにさかのぼるとその数は、倍、倍で数が増えていきます。8人の倍は、16人、16人の倍は32人、64人、128人、256人、512人、十代前までさかのぼると、1024人となります。さらに続けていくと30代前で、10億7374万1824人、40代前では、1兆9995億1627「万7776人となります。

人間50年 化天の内をくらぶれば 夢幻の如くなり

 これは、織田信長が桶狭間の戦いの前に舞った「敦盛の舞」の一節です。化天とは、地上から数えて第5番目の天上界のことで、この世界に住む人は、人間の800歳を一日として8000歳の寿命を保つといわれています。化天には遠く及びませんが、日本の平均寿命は、他の国の人たちがうらやましがるぐらいに長く、今では世界一の長寿国になっています。 
 しかし、その日本でも昭和の初期までは、人の寿命は信長の舞のように短く、平均で50歳ぐらいだったのです。人生50年の世では、生まれた子が20歳ぐらいの時に40歳から50歳になった親の世代が終わることになりますので、おおよそ一世代は20年ぐらいになります。
 仮に一世代を20年とすると、20代前は約400年前、徳川幕府三代将軍、徳川家光の時代です。40代前は800年前で、鎌倉幕府三代目執権、北条泰時の時代になります。もちろんこれで終わりではありません。人類学者によると、人類誕生の歴史は、今から約600万年前まで遡ることができるのだそうです。約600万年前、類人猿に二人の娘がいました。一人はチンパンジーの祖先、もう一人が人類の祖先になった・・・そんな可能性があるのだそうです。
 600万年前は、30万世代前のことになります。親の数は、単純計算ですが、2の30万乗と途方もない数になります。「赤の他人」という言葉があります。もともと「赤」には、「明らかな」「全くの」という意味があるそうで、「赤の他人」とは全く関係ない人のことです。でも2の30万乗という数字を考えて見ると、「人類は皆兄弟姉妹」、赤の他人などはいないということになります。

 夏のお盆の時、先祖の戒名を書いた経木と呼ばれる小さなお塔婆を檀家様の家に持って帰っていただいています。お持ち帰りいただいた経木は家の仏壇に並べ、ご供養をしていただくのです。経木には、先祖の戒名ではなく「無縁法界」と書く経木があり、ご希望する方にお渡ししています。この経木は、仏壇には入れず、玄関先の軒下などでおまつりし、ご供養していただくことになります。無縁とは自分とは縁のないことを意味します。つまり、無縁に手を合わすということは、自分とはつながりのない霊にも心をむけご供養をいたしますということなのです。経木には無縁と書かれているのですが、この世の全ての人たちは、決して無縁ではなく本来、すべて有縁なのだという考えに基づく、仏教独特の優しさが感じられる風習なのです。

 遙か昔、アメリカ人もロシア人も、中国人も日本人も、すべての国の人たちは、もともと同じ家族の兄弟であり親子だったのかもしれません。そんな私たちがお互いに憎み合い、争うことは、なんと不幸なことでしょう。
 ウクライナ戦争は、来年で4年目に入ります。停戦の話ができてきましたが、まだまだ終わる気配を感じることはできない状況です。悲しいことにウクライナとロシアは元々つながりが深い国で、両国の親戚、友人が敵味方に分かれて戦う状態になっているそうです。中東でもイスラエルとパレスチナの人たちの間でも紛争が続き、多くの人が犠牲になっています。
 戦乱の続く世の中だからこそ、私たちは命の尊さ、縁の深さを感じる必要があります。人一人生まれてくるためには、計り知れない命の数が必要です。そして今の命は、また未来の計り知れない命の源になるのですから・・・。
 令和七年こそ私たちが平和な世界を取りもどすことができますように、そして皆さまのご家庭が幸せでありますよう心からお祈りいたします。

令和6年師走 

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